天孫降臨の構図

 伊勢内宮と外宮を結ぶ約4kmのラインを底辺として、内宮から北北東へ8km、外宮から北東へ8kmそれぞれ線を伸ばすと、その交点を頂点とする細長い二等辺三角形が現れる。その頂点にあたるのは伊勢の中でも特別な聖地である二見ガ浦の夫婦岩だ。

 夏至の日、二見ガ浦の岸辺にある遥拝所から夫婦岩を望むと、締め縄が渡された二つの岩の間から朝日が昇る。その光は内宮と外宮を結ぶ三角形の内側にあまねく行きわたる。

 夏至は、太陽の日差しがもっとも強い日。日の光を命の源とする生命にとって、もっとも恵みの多い日といってもいい。天照大神は、日神とも称されるように太陽そのものでもある。天照大神を祭る伊勢に、力を一杯たくわえた天照大神が降臨する。夏至のこの瞬間は、まさに、伊勢という土地を象徴している。

 夏至の日、太陽は夫婦岩の間から昇り、遥拝所の鳥居を潜って、輿玉神社から伊勢の神域へと導かれる。これは、天照大神の使いとして邇邇芸命が地上に降り立つ「天孫降臨」そのままの構図を描き出している

 天照大神が、皇女豊鋤入姫命(とよすきいりひめのみこと)を御杖代(みつえしろ)として大和を発ち、現在の伊勢に落ち着くまでに、各地を80年あまり、20箇所以上も変遷した。そしてようやく、現在の伊勢に落ち着くわけだが、それは、この土地が持つ「第一行」が、もっとも強かったからではなかったかと前に書いた。その「第一行」の肝となるのが、夏至の日に夫婦岩から昇る朝日ではないだろうか。
 この日、天気が良く見通しがきけば、昇る朝日の背後に、遠く富士山が浮かび上がるという。富士山は、不二の山、あるいはアイヌ語で「火」を表わす「フチ」にその名が由来するいわれるが、古来から、力と生命力を象徴する聖地として崇められてきた。夏至の太陽と不二の富士山が同時に夫婦岩という天然の鳥居を潜り、伊勢へ導かれる。それは、記紀神話に描かれる天孫降臨の構図そのものだ。

 夫婦岩の遥拝所の周辺には、たくさんの蛙がいる。大小様々のその石の蛙たちは、遥拝所の背後に控える猿田彦神を祭る興玉神社に奉納されたものだ。猿田彦神は天孫邇邇芸命が天照大神に命じられて豊葦原中国に降臨した際、天之八衢(あめのやちまた=天から地上へ下りる途中にある八方の辻)にいて、邇邇芸命の一行を高千穂へと案内した国津神で、伊勢がその故郷だとされる。
 ここには、伊勢の猿田彦神が、夏至の太陽=天照大神の使いを迎え入れるという構図が、はっきり浮かび上がる。そして、天照大神の使いで天から降りた邇邇芸命の妻は木花佐久夜姫神(このはなさくやひめ)、富士山の女神なのだ。天照大神を象徴する夏至の太陽と富士山が、夫婦岩という鳥居を通して伊勢に降臨する。これは、天孫降臨そのものだ。

 ちなみに、輿玉神社の祭神猿田彦神は、交通安全 善導の守護神として信仰されている。神社の周りに奉納された蛙は、猿田彦神の使いである蛙に因んだものであると同時に、無事かえる、貸した物がかえる、若がえる等の縁起により利益を受けた人たちが奉納したものだ。

 二見ガ浦の遥拝所から夫婦岩を拝むと、手前にある鳥居のその内側にぴたりと注連縄を渡された一対の岩がおさまり、さらにその岩の注連縄の間に水平線が見える。それは、広い海の中に、一筋の道を指し示しているかのように見える。

 春分の日、ぼくは、太平洋に面した上総一ノ宮の玉前神社で日の出を拝んだ。参道の先、太平洋から上った朝日は、ちょうど参道の尽きる先から昇り、正対した一の鳥居と二の鳥居をきれいに浮かび上がらせた。そして、まるで、光に乗って、何かが進んでいくように、一の鳥居の影が二の鳥居のその下に長々と伸びていった。そのとき、ぼくは、海の彼方からやってきた何かが、光の示す道に沿って、鳥居を潜り、さらにその先に連なるランドマーク目指して突き進んでいくような感覚を持った。その何かとは、淡く、ほんのり温かい、光の粒子の奔流のようなもので、それが体を通り抜けていく間、うっとりとして、夢の中を漂っているようだった。不思議なことに、そのとき玉前神社の本殿まで上って、その傍らでGPSによる測位をしようとしたが、まったく衛星を捕捉することができなかった。日がだいぶ回ってから再び、測位を試みると、何事もなく瞬時に衛星を捕捉することができた。


 伊勢の夫婦岩の間から夏至の朝日が昇るとき、天孫のための道が開かれる。その道を辿り、夫婦岩と遥拝所の鳥居という二つの門を潜り抜けていくエネルギーは、どんなものなのだろう? まだ、その瞬間にこの場所に立ったことはないが、想像するに、そこを流れる光の奔流は、まさに日の本である天照大神と一体になったような陶酔感をもたらしてくれるのではないだろうか。

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夏至の結界
 

 

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